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ただ風ばかり吹く日の雑念 心頭滅却すれば氷自ずから熱し
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印象に残る1枚のクロッキー
2005年 10月 10日 *
美術学校の学生だった二十歳の頃、国立(くにたち)にある洋裁学校で「ファッション・イラストレーション」の講師のアルバイトをしたことがある。その洋裁学校は「国立(くにたち)文化服装学院」という名前だったが、世界的なデザイナーを輩出している新宿の文化服装学院とはなんの関係もないか、もしくは名前を借りているだけの、いわゆる花嫁修業のための学校だった。生徒は高卒以上の「家事手伝い」という感じで、当然女ばかり。毎週1コマで3ヶ月くらいだっただろうか。
結構緊張した。教師には全く向かない性格の上に、生徒は自分の年齢プラスマイナス2くらいのムスメばかり(だから引き受けたわけだが:苦笑)。そしてなにより、ファッション・イラストレーションなんか描いたこともないのだった(爆)。よくやるよ全く。
自分の専攻はグラフィックデザインだったので、静物や石膏像のデッサンは入試でさんざんやった。だから、まあ、基本的なデッサン力はないわけではないが、ファッション・イラストレーションはまた独特の世界であって、自分の感覚の中にはない。
で、どうしようか頭ひねった。
そうだ! クロッキーにしよう。ファッション・イラストレーションといえば長沢セツ。長沢セツといえば、流麗なクロッキーだ。
とはいえ、自分はクロッキーもちょいとかじった程度で、自信があるわけではない。
ええいままよパパよ爺ちゃんよ婆ちゃんよ。
.........というわけで、授業初日、そそくさといい加減な自己紹介と授業の内容説明を終え、「お手本」と称して黒板にしゃかしゃかっとクロッキー「もどき」を描き、「あ〜、だいたいこんな感じね」とか言いつつすぐ消し、「んじゃ、始めましょうか」。
教室の真ん中で、生徒に順番にモデルになってもらう。ホントはヌードがいいのだが当然脱いでくれる子はいない。着衣のまま、立つか座るかして3〜5分くらい簡単なポーズをとってもらう。
で、毎回こういったことをやって、できたのを床に並べて講評する。だいたい、どんぐりの背比べなのだが、一人だけ、かなり変わった絵を描く子がいた。
小学校の低学年以来、絵というものを描いたことがない、という。多分、小さいころ、ガッコの先生か友達に「ヘタ」とかなんとか言われたんだろう。もの凄く描くのが遅い。5分くらいのポーズの間に頭の輪郭の半分くらいの線を引くのがやっとなのだった。3ヶ月の最後の方になって、なんとか全身描けるようになったが、相変わらず描くのは遅かった。額にうっすら汗を浮かべて鉛筆を握りしめ、紙にめり込まんばかりの力を込めて描くから、線が小刻みに震えている。プロポーションも普通の感覚からすると滅茶滅茶で、特に変わっているのが頭の形。まるで野球のホームベースみたいなのだ。
けれど、その絵を見たときは、背中がぞくぞくするほど感動した。
うまいとかヘタとか、そんなものは超越していたのだ。ただひたすら、嫌いかもしれない絵を一所懸命描いてあって、わけのわからない迫力があった。
その日の講評で、ぼくはその絵を激賞した。
みんな「なんでよ?」という顔をしていたし、本人も褒められる理由がわからなかっただろうけれど.......。

この時のことは、ときどき、物事が上手く進まない時に思い出す。
うまくやろうとなんてしなくていいのだ。とにかく一所懸命やることなんだ、と。
教えにいって、思わぬ相手から大事なことを教わった。
その絵は描いた本人に返してしまったが、本気でもらっておけば良かった、と思う。

その洋裁学校はだいぶ前につぶれて今はない。



印象に残る1枚のクロッキー_a0006124_10251755.jpg

by heavier-than-air | 2005-10-10 10:25 | art in everywher *
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